未来のかけらを探して

2章・世界のどこかにきっといる
―20話・その一滴が―



てんやわんやで、予想外に時間がかかってどうにか準備は完了。
さっそくハイポーションの調合が始まった。
「まずはトウネラと……あと、これを一緒に混ぜてすりつぶして。」
「すりつぶすって、どれで?」
まずは乳鉢に入れられたトウネラとオイレメートを混ぜることから作業は始まる。
オイレメートはハイポーションの主原料で、
薬草園で栽培もされている有名な傷薬の薬草だ。
一方のトウネラは葉裏がピンク色をした草で、魔道士達には馴染み深いそうだ。
「これこれ。この棒でゴリゴリって。
全部ぐちゃぐちゃになるまで潰せばOKだからね。」
「うん、わかった。」
フラインスに乳棒を渡されたプーレは、
ぎこちない手つきで薬草をすりつぶしにかかる。
だが、これがなかなか思うようにいかない。
「プーレ〜、デキルー?」
「……むずかしいよ。」
最初は楽そうに思っていたが、
まんべんなく、ぐちゃぐちゃに潰すとなると結構難しい。
結構草の茎辺りの繊維が固い上に、道具の扱いになれていないので当然だが。
おまけに道具は大人用なので、乳鉢を押さえて乳棒
「あ〜も〜……じゃ、潰してる間に違う事やろっか。
こっちはこの薬草水を入れて、
それからポーションの素って書いてある袋から大さじ一杯分入れて混ぜるの。
混ぜてるうちに水に色がついてきたらOKだから。
これくらい簡単にできるでしょ?」
乾燥した枯れ葉色のポーションの素と薬草水を混ぜると、
だんだん青みがかった黒色を帯びる。
水全体がそうなれば、もう大丈夫だ。
「うん、できるよぉ〜。」
「……あ、言っとくけど混ぜてる時にこぼしちゃだめだからね。」
こぼされたら、せっかくの材料が無駄になるだけではなく、
加えた時の配分まで変わってしまう。
薬というものは量を正確にはかり、それを守らなければいけないのだ。
「ちょっとでもこぼしちゃダメ?」
「そう、だめ!」
微妙な量の加減が苦手なフラインスは、
こぼされたらまた1から量ってやり直すようなのである。
シェリルともなれば、目分量でも正確にこぼれた分を足してしまえるが、
残念ながらフラインスはその領域には程遠い。
だからこそ必死なのだ。
「そっかぁ、調合ってたいへんだねぇ〜。」
フラインスの真意は知るよしもないだろうが、
エルンは分かったような顔をしてうんうんとうなずいている。
「まーね。あ、プーレ君は大体出来たみたいだね。
もういいよ。」
「え?でもまだここがぐちゃぐちゃじゃないよ?」
プーレがさした場所は、確かに茎の形がまだはっきり残っていた。
先程「ぐちゃぐちゃ」と言われているので、
プーレとしてはこれでいいのかどうか少々疑問だ。
ついでにアイテムの奥儀にも、『調合は指示を守って正確に』と書いてある。
「そのくらい平気平気!」
「え〜……いいの?」
平気平気とフラインスは言うが、
その態度は自信があるというよりは、どことなくいい加減な感じが漂う。
ますます不安そうに、プーレは彼女を見る。
「そ、そんな心配そうな目で見ないでよ!
もー、心配ならまだやってていいから、これでいい?」
自分が信用されていないようで面白くないのか、
フラインスの物言いは乱暴だ。
「……ごめんなさい。」
「べ、別にあやまる事ないけど……。」
いかに信用されていないようで面白くなくても、
神妙な顔で謝られてしまうとさすがにばつが悪い。
フラインスは、あわててフォローを入れた。
ちなみにプーレは知らないが、
材料の下ごしらえなどは丁寧にやって、
状態を整えておけばおくほどいい。
つまりフラインスのいい加減な判断ではなく、
プーレの慎重さの方が正解なのだ。
「じゃ、2人が材料の準備をまだしてくれてるし……。
パササはあたいと一緒におなべの準備手伝ってくれない?」
「オッケー☆」
今まで仕事がなくて暇だったパササが、
やる事が決まったとたん活気付く。
大した仕事ではないのだが、それでも別にいいらしい。
そんなこんなで準備は整い、
いよいよ材料を混ぜ合わせる段階になった。
「じゃ、まずはこのすりつぶした薬草と、
エルンちゃんが混ぜてくれた薬草水をちょっとずつ入れるからね。」
「じゃ、やらせテ〜。」
「あ、ちょっとこれはかんべんして。
今は大事なところなんだから。
間違えたらまた最初っからやり直しなんだから、しんちょうにやんなきゃ。
いーい、あたいに話しかけないでよ?」
『はーい。』
元気よく返ってきた返事に満足したフラインスは、
さじで慎重に一杯ずつ量ってすりつぶした薬草に薬草水を混ぜていく。
そして薬草水を半分入れ終わったところで、
いったん加えるのをやめる。
それから、こぼさないようにゆっくりと別のさじで混ぜ始めた。
「ねーねー、それやってもイイ?」
「いいけど、こぼさないようにね。」
こぼされたら、せっかくここまで頑張って保った配分が一気にパーになる。
本当はやらせたくはなかったが、
フラインスは思い直してパササと交代した。
「オッケー☆」
パササが1,2分ほどぐるぐるかき混ぜると、
うまい具合に混ざってドロドロになった。
ダマもなく、クリーミーである。色が黒っぽい緑という汚い色なのが難点だが。
「よしよし。じゃ、今度はあたいがちょっとずつこれを入れるから、
入れるたんびにまたゆっくりかき混ぜてよ。」
うまく混ぜないと、すぐにだまになってしまう。
そう言うとまるで料理のようだが、
当然、料理よりももっと神経を尖らせないといけない。
だまになると混ざり具合が変わってしまい、質が落ちる原因となる。
ポーションの素で簡単レシピになったハイポーションだって、
こういう細かいところに神経を使わなければあっという間に失敗作だ。
事実、プーレ達の前では恥ずかしくて言えないが、
フラインスは何度もシェリルに「落第」宣告を食らっている。
それはともかく、いよいよここからが本番だ。
少しずつ入れては混ぜてを繰り返し、
仕上げの段階に差し掛かる。
「んじゃ、見ててね。
この粉をこれに入れて、こうやって絞れば……!」
粉を入れて軽くかき混ぜ、
白い布に材料を移してぎゅっとボウルの上で絞る。
すると、先程まで汚い黒緑だったそれから抽出された液体は、
深い黒に近い青い色に変わっていた。
「うわぁ、真っ黒……。」
先程とはまるで違ってしまった色に、
思わずプーレが目をしばたたかせる。
まるで手品か何かを見るように、他の2人も息を呑んで見つめていた。
「で、仕上げにこれを3つ入れて、
まん丸容器に移せば完成〜!」
ポーション類独特の小さな丸いケースに、
絞りたての青黒い液体を注ぐ。
そこにほんのり光るある植物の種を入れれば、もうこれで完成だ。
見た目は市販品と遜色がない、
一人前のハイポーションである。
「わ〜、すごいねぇ〜♪」
「大成功ダネー☆」
出来上がったハイポーションを見て、
パササとエルンが口々に褒め称える。
もちろん、ほめられたフラインスは上機嫌だ。
「えへへ、ま、こんなの朝飯前だけどね!」
多少誇張しているが、それも嬉しさゆえのほらである。
師匠であるシェリルからは、
いつも怒られこそするが褒められる事はめったにない。
たとえ実年齢で言えば比べ物にならないくらい年下でも、
素直に尊敬のまなざしを送られれば悪い気はしない。
「じゃ、今度はあたいが今練習中の『アレ』にしよっか。」
調合の成功ですっかり機嫌を良くしたフラインスは、
次なる調合に取り掛かる事を決めた。
もちろん、今度はもっと難しいものにするのだろう。
『アレ?』
3人が異口同音に聞き返す。
アレといわれただけで、分かるわけがない。
「そー、アレ。何が出来るかは、
みんなで作ってからのお楽しみってね!」
実は、まだ一度も成功した事がないその調合。
無論、この後で悲劇が訪れるのは、言うまでもない。




―30分後―


チュドーーーン!!


突如洞窟中に響き渡った爆音。
若干の振動も伝わってきた。
その音と振動は、調合に没頭していたシェリルにも否応無しに外に注意を向かせた。
「な、何、今のは……。まさか……!」
「にゃ〜、ご主人しゃま〜、フラインスがまた失敗したにゃ〜!」
慌てふためいた様子で飛び込んできた、
一匹のねこうもり。
どうやら、シェリルの予想が当たったようだ。
意識せずとも苦々しい顔になる。
「またあの子は……!
今行くから、お前はそっちに行っちゃ駄目よ。」
ねこうもりにそう命じてから、
シェリルは足早に爆発音が聞こえた部屋に向かった。
今、彼女がいる調合部屋と距離が近いとはいえ、
それでも音がかなり大きかった。
攻撃アイテムの調合をしなければありえない音だ。
「フラインス!」
普段は淑女然とした物腰で、
決して乱暴にドアを開け放ったりしないシェリルだが、
この時ばかりは勢いに任せて部屋に踏み込んだ。
案の定、部屋はさんさんたる有様だった。
「し、し……師匠……。」
フラインスの顔が、これから自分に降りかかる恐怖に怯えて真っ青になっていく。
彼女を見下ろすシェリルの視線は、どんな氷よりも冷たい。
目以外の場所から、ほとんど表情が消えうせているのがまた恐怖だ。
その冷たく見下すような表情に、
優しげな顔しか知らないプーレ達は、当然恐怖で家具の陰に避難した。
さすがに野生動物だけあって、危険を察知するのが早い。
フラインスは見殺し状態だ。
物陰からこっそりと2人の様子を伺うプーレ達の姿を見たフラインスは、薄情者と心で叫ぶ。
「3人とも、出てらっしゃい。何があったのか教えてくれる?」
プーレ達に向けられた声は、
怖くはないがだからといって逆らえはしない。
プーレ達は仕方なく、恐る恐るといった様子で家具の陰から出てきた。
「えーっとね……フラインスお姉さんが、
北極の風を作るっていったんだ。」
「それでね、最初はあたしたちもてつだってたんだけどぉ……。」
「そしたら、氷の固まりかなんかくっつけるときにドッカンっテ。」
具体的に誰がどうしてそうなったのかは、
この説明だけでははっきり分からない。
だが、このフラインスのおびえようを見れば一目瞭然だった。
「フラインス。あなた、私が許可していない調合に手を出したのね。」
「も、もうしわけありません!!
ちょ、ちょっと今日はハイポーションの出来がよくて、それであたい、つい!」
「言い訳は無用よ。」
「……はい。」
「罰として、当分一切の調合を禁止します。
それと、いつもの倍はこき使うから覚悟しておきなさい!」
「は、はい〜〜!!」
またも震え上がったフラインスの顔は、すでに真っ青だ。
それほど怖いのなら怒らせないように気を使えばいい気もするが、
それが出来ないのが、しがない小物であるゆえんである。
「全く、今までに教えた子の中でワースト1位に選ばれたくないって騒ぐなら、
それ相応の態度で示しなさい。
おまけにお客まで巻き込むなんて、見下げ果てたわね。」
「そ、そんな〜……あんまりですよ〜……。」
哀れっぽい声で懇願するが、
そんなもので騙されるほどシェリルは甘くない。
むしろ不興を買ったようで、
柳眉をしかめてシェリルはこう続けた。
「お黙り。あんまりだというのなら、
そんな処遇にされないように努力する事ね。」
失敗した北極の風よりも冷たく痛い一言は、
フラインスをべっこべこに凹ませるには十分すぎるほどの効き目だった。
「……あーぁ。」
もはやハイポーションの色に負けないくらい、
暗いオーラに包まれたフラインスには、それしか言う言葉が思いつかない。
子供の目で見ても、十分自業自得である。
かわいそうな気もするが、どうしようもない。
「こーいうの、なんていうんダッケ?」
「わすれたぁ〜。」
極限までへこんだフラインスをよそに、
パササとエルンはのんきな会話を交わしていた。
いくら自分達ではないとはいえ、
つい今しがたまでそこで大人が怒っていたのに、ずいぶん強靭な神経だ。
だが、先程怒っていたシェリルの怖さを忘れているわけではない。
単に切り替えが早いだけだ。
ともかく、優しいお姉さんでも怒るととても怖いという事だけは、
全員の心に強く焼き付けられた。
「ところでこれ、いちおう神様のおしおきだから天罰カナー?」
「たぶんそうだと思うけど……。」
これは天罰といえるのだろうか。
神罰といえば文字通りになる事は疑いの余地はないが。
だが、そんな事はプーレでも分からない。
「天罰ってほんとにあるんだねぇ〜。」
ただエルンだけは、1人で勝手にのんきに納得していたが。



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実は今回で一番神経を使ったのは、誤変換です。
特にある単語の誤変換だけはなんとしても避けたかったので慎重に。
理由は推して知るべしということにしておきます。
そしてフラインスは散々な目にあいました。そそっかしさはあらゆる災いの元です。
皆さんもお仕事のときは気をつけて。
それにしても、シェリルほど相手によってはっきり態度が変わるキャラもいないかもしれません。